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善人はなぜ・・・ 曽野綾子

幼稚園の役員をやっていたときの話。

となりのクラスの役員になったAちゃん。
はじめての子のはじめての幼稚園で
はじめての役員を引き受けて、とってもはりきってらした。

保護者同士の連携を深めたり、保護者と先生の橋渡し的な存在の役員仕事。
1学期が終わり、Aちゃんはクラスの保護者に対してアンケート調査をする、と言いだした。
クラスの人に、今学期の役員活動はどうだったか、これからの活動の要望などを聞くと言う。

ほうほう、それはすごいねえーと思った。思ったけどマネしなかった。
全ての人の要求を満たすことなんて不可能だと思ったから。

で、案の定、ある人から文句を言われたと、ぶつぶつ言ってた彼女。
だけどそれをがんばってAちゃんなりに対策を打ち、また2学期、3学期もアンケートを実施。
Aちゃんは本当にがんばりやで、全ての人に満足のいくようにと
徹夜までして手作りの記念品を作ったりと、役員の仕事に一生懸命だった。
99%の人は感謝の言葉をつづってくれたけれど、その人にはまた文句を言われたらしい。
で、落ち込んでいる。
確かにその人の言い草は自分勝手なんだけど、
やさぐれなワタクシは、アンケートなんてやるからじゃん・・・と思ってた。

さて、話はそれだけで終わらなかった。
翌年、またAちゃんは役員になったのだけれど、その年にちょっとしたことでもめ事になったのだ。
前年のクラスでいつも文句を書いてきた人に、あらぬウワサを広められ、
私はいじめられてる!とほかのママに言いふらされたという。
こうやって書くのもアホらしいほどくだらないんだけど、
けっこうあるのよね、こういうママ同士のもめ事。
で、全く心当たりはなく、誤解なんだけど相手の思いこみは激しく、
果ては先生やPTA会長も巻き込んでの、泥沼の、涙、涙の話し合いに発展。
よくよく聞いてみれば、コトの発端は前年のアンケートでいろいろ書いたのに
ぜんぜん自分の要望を聞いてもらえなかったというところにあったらしい。

みんなはお気の毒に、とみんなAちゃんの味方をしてたけれど
Aちゃんにも落ち度はあるよなあ~。と思った。


もうひとつ。

卒園式の時に、先生に渡す記念品のサイン帳。
1枚の白い紙に親子で自由にメッセージを書いて、それをまとめて先生に渡すのだけれど、
台紙にびっしりと刺繍を縫ってすごく手の込んだものになっていた。
これも今年の役員さんの仕事。
毎年そんなんなの?と友達に聞くと、
何年か前に、刺繍の好きな役員さんたちがいらして、彼女たちが
すごく手の込んだ台紙を作って渡して以来の、なんとなくの伝統らしい。


さて、なぜこんな話をしたかというと、この本を読んだからです。


善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか―救心録善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか―救心録
(2006/03)
曽野 綾子

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たしかにあの人は「いい人」なんだけど……。 困った人たちが、あなたの周りにもいませんか? 善意の人たちとの疲れないつきあい方。
善意の人々は、自分の好み、自分の思想、が正しいのだから、それは世間にとってもいいことだ、と疑ったこともない。たとえ正しいことでも、世間では、その正しさが相手を苦しめることもあるなどとは夢想だにしないのである。もちろん家族や世間を困らせるのは、いわゆる犯罪であり、悪意や憎悪である。しかし善意もまた、時には油断がならない。(本書「まえがき」より)



曽野綾子さんの本、初めて読んだ。

ここらへん、ややこしくて・・・

三浦綾子さん、三浦哲郎さん、三浦朱門さん、曽野綾子さん。

みんな作家。だいたい同世代。

三浦朱門さんと三浦綾子さんと曽野綾子さんはキリスト教作家。
三浦朱門さんと結婚してるのが三浦綾子さんだと思ってたけど、
三浦朱門さんと結婚してるのは曽野綾子さんで、
三浦綾子さんは、氷点や塩狩峠の作者。

三浦綾子さんの作品をいくつか読んだことはあったのだけど、
キリスト教色の濃い作品が多くて、清廉潔白っぷりにちょっとついていけなくて、
おまけに当時の彼氏が「そんなのずっと読んでると洗脳されるぞ」などと言ったもんだから
それ以来読まなくなり、混同していた曽野綾子さんも名前だけ知ってたけれど
いままで食わず嫌いだったのだ。

しかしふと目にとまったこのタイトルに惹かれて借りた。

読んでるうちに私の、キリスト教作家に対する、キラキラとした純白なイメージが
いかに狭量なものかを思い知らされた。

この人は性悪説にのっとっている。
人を育てるうえで、性善説ではこの世は渡っていけない、平和も保てない。
人の本性は悪なのだから、まず、自分の中の悪をしっかりと自覚して善に向かっていくことこそ
大切だと説くこの人の話は私の深部にすうっとしみこんでいった。

私はいままで性善説でものごとを考えていた。
そして性善説で考えるから、つい人に期待してしまって苦しいのだ、と気付いた。
みんな基本的に自分中心なのだ、欲望のかたまりなのだと考えたら
いろいろなことが腑に落ちる。
期待しないで済むし、自分に向けられた悪意もお互い様、と諦めもつくし
ほんのささいなことで感謝できるかもしれない。

そしてこのタイトルの通り、
「善人」の善意にさまざまに私は疲れさせられてきたなあ。
冒頭に書いたエピソードはほんの一部。善意に疲れることはいくらでもある。
こんなことに疲れる私が悪いんだ、と思ってたけれどそうでもなかったのかも。


私も善人ぶって人を疲れさせてるかもしれないなあ。
人に嫌われたくなくて、周りに笑われたくなくて、ついつい良い人ぶってしまうけれど
そういう見栄を捨てたらさっぱりとした、本当の意味での
味わい深い魅力的な人間になれるのかもしれない。
でも、良いことをしてしまう自分の深層心理にも気づいてない人多いと思う・・・。

うちの夫もねえ、ムダに親切なのよね。
手取り足とり、なのですよ。
みんな、「いいダンナさんねえ」と言う。
たしかに、よくできたダンナなのですよ。決して悪気があってのことではないし。
でも、ほっといてよ自分でできるから!と思う時も、わりとあるわけ。

そんなになんでもかんでも手取り足とり世話焼いてちゃ、
自分がいなくなったときに、依存心の強い何もできない人を作るだけで
そういうのって、小さな親切、大きなお世話っていうんじゃないの?とか思う。
そう思ってるけれど、そんなこと言ったらどうせ周りから冷たいヤツと非難されるのは私だし、と
口をヘの字にして黙ってきたけれど、
この本読んで、ああ、やっぱりそうよね、不親切にする優しさってあるわよね?
と、ちょっと自信が持てたのでした。笑



曽野綾子さんはさまざまな政治的な発言も多くて、そのすべてを私は到底理解できないけれど、
あっという間に読んでしまった。
読んで、すごくラクになった。

これは曽野綾子氏のさまざまな著作の中の言葉をテーマに沿って
オムニバス形式に抜粋してあるので
最初から最後まで読みたいタイプの私にはちょいと消化不良。
また何か借りてこよう。とりあえず小説が読みたいな。

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