ワタクシゴト。

好きなもの 思ったこと

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

語り継ぐこと

今回のオーキャンは、お盆というか、終戦記念日にあったため
いつもより反戦色の強いものだったと思う。

といっても、声高にMCで戦争反対を叫んだり、平和についてとうとうと語らないのが
オーガスタクオリティ。
覚えてるのは、姫が、今日は65年前に戦争が終った日です、こうやって
みんなと音楽が楽しめる平和をありがたいと思います、と言ったことと、
ちーちゃんも”死んだ女の子”と”語り継ぐこと”を歌う前に
一言、戦争に触れたこと。

まさよしに限ってはな~んにも言わなかったけど、選曲が思いを物語ってた。
分かる人にだけ分かって、というさじ加減の、でも熱い思い。



昨日寝しなに、祖母から伝え聞いた戦争体験を、母が子供たちに話し始めた。

93になる祖母は、戦争中、安全だった京都にはいなくて、
祖父の転勤に伴って名古屋に住んでいたのだという。
母のひとつ歳上の姉が赤ちゃんのときに祖父は招集され
転勤中だったため近くに頼れる親戚はなく
祖母は、戦争末期の大変な状況のときにひとりで母を産んだ。

まだ予定日まで日があるから、と思って赤ちゃんのための布団や衣類やおむつを
ぜんぶ洗って干してたら、その夜に陣痛が始まり・・・
昔だから、布団を洗うといってもわたと布を別々にして洗うという手のこんだもので
仕立て直すのに時間がいった。
陣痛に耐え、痛みに泣きながらふとんを元に戻し、お湯をわかしてたらいを準備し
産着を用意し、夜中だから近所の人を起こすのが悪いと直前まで粘り
ぎりぎりになって産婆さんを呼んでもらい、母を産んだのだとか。

年子の赤ん坊をかかえ、日中は食糧確保に奔走し、夜ヘトヘトになって眠ってるときに
空襲警報が聞こえ、急いで防空壕に入る話。
赤ん坊の母が防空壕の中でぐずって泣くのを、近所の人たちが交代で抱っこしてくれたこと。
一度、夜毎防空壕に入るのが心底疲れてしまって、もうどうなってもええわ、
と警報を無視して部屋で寝ていたら、やがてものすごい爆音とともに、
外が昼間のように明るくなり、子ども二人を両脇に抱えて息もできぬほど恐ろしかったこと。

食べ物がなくて、ミルクが欲しくて、ミルクを買ってきてあげますという人に
なけなしのお金を渡してしまって、そのまま戻ってこなかったこと。
子供たちがはしかにかかり、夜中に高熱を出して、子どもを抱えて医者に行き
ドアをどんどんとたたいてお願いしていたら、家の人が出てきて
「先生は休んでおられます!」とぴしゃりとドアを閉められた話。
次の医院で同じようにドアをたたいていたら、通りかかった男の人が
すごく大きな音と声で頼んでくれて、診てもらえた話。

疎開先の農家で、食べる物はたくさんあるのに、
自分の子どもたちにはほとんど与えられず、よちよち歩きの、食べたい盛りの子供が
食事風景を間近で口をあけて見てるのに、なにも食べさせてやることができなかった話。
「おっと、おっと」(もっと)と言い続ける子らに、
空になった鍋を見せて「もうないね」というと、「おー、ない」(もうない)と
舌足らずに言って納得し、腹を空かせながら毎日眠った話。

自分たちの祖母の赤ん坊のときに、実際に体験した生々しい戦争の話に、
いつもヘラヘラしてる子供たちも、身じろぎせずじっと聞きいってた。

祖母は近頃物忘れがひどくなって
一年前は、私が祖母宅に一泊したのを翌朝になったら忘れていた。
母の話では最近もっと進んできてるとか。
それでも、戦争のことは昨日のことのようによく覚えているのだと言う。

語り部さんというのが、全国にいらっしゃる。
日々自分の戦争体験を語っている。さまざまな立場からの戦争の話を。
こうやって聞くだけでも恐ろしく悲しい実体験を、毎日のように人に聞かせるのは
どれほど精神力のいることだろうと思う。
それでも彼らは、語り継ぐこともできなかったたくさんの死者のために
老いた力を振り絞るのだろう。


戦争、という体験のない私には、
戦争は、どこか違う世界で起こったファンタジーのように思うときがある。
そこは特殊な世界で、だから人間も私たちとは違う、特殊な人たちなんだ、と。
特殊な人たちだから耐えられたのだと。

でも戦争はファンタジーではない。
日常生活の中で起こるのだ。

たとえばこの今の日本の現実の生活の中で戦争が起こったならば
子供たちは学校に行き、大人たちは仕事に行き、というごく当たり前の日常の中で、
爆弾が何丁目に落ち、〇〇さんの家は丸焼けになり、子供のお友達の〇〇くんが行方知れずになり
道路は寸断され、流通が止まり、食べ物がなくなり、ライフラインが立ち行かなくなり、
人々はパニックになり、疑心暗鬼となり、生存本能のために自分と家族の身を守ることだけしか
考えられなくなり、だましあい、押しのけあい、人を思いやる余裕がなくなり
略奪、強盗、と殺伐とした日々を送ることになっていくのかもしれない。

私は、特殊な人間なんかにならず弱いまんまで、ひたすら家族の
命をつなぐことだけを考えて日々を生きていくのだろう。


戦争が遠い過去の話のようにも思えるけれど実際は違う。
すぐ近くに、戦争を起こそうとしている国がいる。
世論も少しずつ戦争に傾きつつある。

戦争は遠い話じゃない。
辛気臭いとか、怖いとか、非現実的だとかいって目を背けていてはいけないな、と
文字通り、必死な思いで私の母を抱え戦争を逃げ延びてくれた祖母を思う。
今年もあの楽しい平和な音楽の祭りに参加できたしあわせを思う。


息子に「どうやったら戦争をなくせるの?」と聞かれた。
「うーん、わからないけど、戦争ってけんかだから、けんかしないように
あいてをゆるすことかな」
と答えながら、なんて難しいことだろうと思う。
難しいことだからこそ、平和は当たり前じゃない。
スポンサーサイト

*Comment

*Comment_Post

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

Menu

プロフィール

ゆう

Author:ゆう

本日の名言

いつでも里親募集中

最新記事

検索フォーム

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。